海外で「入門初級」を教える -ポイント・シラバスを伝授します!-

入門初級」とは、ここでは、日本語学習経験が全くない人を対象とした日本語学習を指しています。ゼロから学習を始めるということで「ゼロ初級」と呼ぶ人もいますね。

入門初級、ゼロ初級を教えるのは、いわゆる初級とはまた違う難しさがありますよね。

そこで、海外の日本語教育の場で入門初級授業の経験が豊富な「やすみん」に、教室での実践方法・教え方のコツといったことを、「のえ」が聞きます!

 

はじめに

 

のえ
のえ

やすみんさんは、「入門初級」の授業に定評があるんですよね^^

やすみん<br>
やすみん

そうなんですよ~(笑)!…「得意」といっていいのかな^^

海外の趣味で日本語を学ぶ学習者が多い地域では初級の層が日本と比べるとべらぼーに厚く、ゼロから学ぶ人も多いので、私の入門初級クラスの授業の経験値はそれなりに高いと思います。

 

のえ
のえ

やすみんさんの「入門初級」授業の教え方のコツ、ぜひお伺いしたいです!

やすみん
やすみん

では、海外の入門初級授業における「私の場合」ということでお話ししますね!

「入門初級」と一口に言っても、学習者の背景によってそれぞれではあるので、どこでも通用する決定版はないですし、教師のビリーフによっても異なっていいことですので、押し付けることはできません。

ですので、私、やすみんの場合ということでお話したいと思います。

 

のえ
のえ

はい、よろしくお願いします!

やすみん
やすみん

では、下記の5つのポイントを中心にお話ししまーす。

  • シラバスは「構造的」
  • 「ローマ字」でいい!~文字学習はマストじゃない!
  • 媒介語を使ったっていい!
  • 発音練習はしっかりやろう
  • 助詞は丁寧に!

 

ちなみに、対象者は成人で、入門初級コースの学習時間は25時間前後を想定します。

 

  

ポイント1:シラバスは「構造的」

 

のえ
のえ

ちょっと旧式な教え方では?

構造的なシラバスということですが、昨今は、構造的な文法重視ともいえる教え方よりも、コミュニケーションに重点を置いて「やり取り」を前面に押し、シラバスも「Can-do」を中心としたものが主流であることからすると、ちょっと旧式という印象もありますが……。

 

やすみん
やすみん

体験からの理由があるのですが、構造的なシラバスは、学習者の満足度が高いのです!

私が教えているのが主に成人で、既に他の外国語を学んだ経験がある人が対象ということもありますが、ある程度きちんと順序立てて教えないと学習者は納得しない…ということが体験的にわかってからは、構造的なシラバスを組んでいます。

特に学習時間が少ない場合には、その方が学習者の学習に対する満足度が高いと感じています。

日本国内の学習者や、日常的に日本人とコミュニケーションをとる状況がある学習者なら、場面に応じてすぐ使える便利な表現や、必要なやり取りを学ぶことが益するのだと思いますが、そうでない学習者は、理屈抜きに「便利なフレーズ」を教えられてもモヤモヤが残ってしまう。

で、我慢できずに先生に質問することになる。

それなら、初めからモヤモヤしないような導入構成を考えた方がいい、という結論に至りました。

 

のえ
のえ

日本語を構造的に理解したいと思っている学習者は一定数いるということでしょうか。

やすみん
やすみん

そう思います。

構造的に日本語を理解したいと思っている学習者はいます

コミュニケーション以前に、アニメなどで耳にはするが全く未知の言語の秘密を知りたい、そんな好奇心から日本語の扉を開いて一歩踏み込もうとしている……というのが、私が関わった日本語入門初級者の初期の状況です。

ついでに言えば、彼らは既に自分の言語世界を1つないし複数持っており、その言語観から新しい言語の扉を開いているので未知の言語を論理的に理解しようという傾向があります。

それは、たとえば、はじめの自己紹介で「私はやすみんです」と言うと、「『は』はなに?」、「『です』はなに?」と質問してくる人が必ずいるところからも感じられます。

それに対してきちんと説明ができなければ学習者には「モヤモヤ」が残り、「モヤモヤ」が積もれば、学習意欲にも影響してしまう……と、何度も学習者をモヤモヤさせてしまった経験から、私は思っています。

 

のえ
のえ

「コミュニケーション以前」?

やすみんさんが実践してきた「入門初級」は、コミュニケーションを目的としない日本語学習と理解してもよいのでしょうか。

やすみん
やすみん

いえいえ!そういう極端な意味じゃありません!!

学習者には日本語によるコミュニケーションを望む人も、そうではない人もいるのですが、私自身はそのどちらもあっていいと思っています。

ただ、いずれの場合にも、まずは、日本語の扉を開けた学習者の、未知の言語世界に対するバイアスを取り除き、日本語の世界に一歩踏み込んでもらい、最初の景色を見渡してもらうことが入門初級では大事なことかと思うのです。

それが、結果として構造的なシラバスとなったということです。

 

のえ
のえ

「未知の言語世界に対するバイアス」とは、「なにがどうなっているんだか、さっぱりわけがわからない」、みたいな感じでしょうか。

 

やすみん
やすみん

仮にこれまで一度も学んだことがない言語、たとえば、「アラビア語」を学ぶことを想像したら、ちょっとわかる気がしませんか。

 

のえ
のえ

まずは、アラビア語とはどんな言語世界なのかを、一歩一歩理解していきたいですね。

挨拶すらままならないのに、はじめから、「コミュニケーションせよ、やり取りせよ」と言われたら、確かにプレッシャーです^^

構造的なシラバス=「疑問詞シラバス」

 

のえ
のえ

ところで、何かシラバスで工夫されている点はありますか。

やすみん
やすみん

ありますよ!参考になれば嬉しいです!

そうですね、私の「入門初級」クラスのシラバスは、構造的なものではありますが、一方で「疑問詞シラバス」と呼んでもいいものです。

ごくシンプルな質疑応答を中心に授業を展開しており、一方的に文法を教えているわけではありません

談話レベルの「やり取り」に発展させることはなかなか難しいですが、学習を進めていくと少しずつ会話のキャッチボールができるようになってきます。

学習者への意識付けとしては、はじめは一問一答で仕方がないにしても、質問した相手の返答にはかならず「そうですか」などの相槌をいれること、そして、コースが半ばを過ぎたころには一問一答で終わらせないように促しています。

また、シラバスの項目にはありませんが、語彙や例文などで日本文化を紹介するようにしており、場合に応じて簡単なアクティビティを授業の中で行ったり、関連動画を見せたりしています。

箸の持ち方や折り紙など簡単なことことでもちょっと授業の中で文化的な活動があると教室が活性化します

 

のえ
のえ

ちなみに、やすみんさんの入門初級のシラバスとは、具体的にどんなものでしょうか?

企業秘密じゃなければ教えてください!

やすみん
やすみん

はい、企業秘密じゃありません(笑)。

 

 

やすみんの「入門初級シラバス」

 

だいたい下記の内容となります。*数字は授業回ではありません。

 

「やすみんの入門初級シラバス」

1. 日本語概要、文字について、発音練習

2. 日本語の挨拶、教室用語、自己紹介

3. 名詞文(NはNです)の構造

4. 「なんですか」

5.「だれですか」

6.「どこですか」 

7.「どうですか」形容詞文

8.「いつですか」

9.「いくらですか」

10.動詞文「います」「あります」

11.動詞文「行きます」「来ます」「帰ります」

12.動詞文「見ます」「聞きます」「書きます」「読みます」+α

13.動詞文「します」「-します」

14.動詞文「-たいです」

15.動詞文「-ませんか」「-ましょう」

   

のえ
のえ

確かに、構造的で、疑問詞シラバスと言ってもいい内容ですね!

やすみん
やすみん

ですよね(笑)。

だいたいこのシラバスの項目を軸にして、その時のコース時間によって、導入内容をシンプルにしたり、逆に関連表現や語彙を増やしたりします。

 

 

ポイント2:「ローマ字」でいい!~文字学習はマストじゃない!

 

のえ
のえ

「ローマ字」でいい、というと、ローマ字だけで日本語を学習するということでしょうか。

やすみん
やすみん

文字学習は必須ではない、という意味です!

基本的に日本語の文字は紹介だけにして、ローマ字で授業を進めています。

ただ、文字学習をしたい学習者もいるので、ひらがな、次いでカタカナの練習帳を任意で提出してもらいチェックしたりはします。

仮に入門初級の次のレベルのクラスが想定されている場合には、「ひらがな」を読めるようにしておくことを進級条件にすることもあります。

私は授業中の板書はほぼ電子化していますので、授業のテキストの表記は、文字学習をしたい人、したくない人の両者に対応できるように、ひらがなとローマ字の併記にしています。

 

のえ
のえ

やすみんさんが「入門初級」授業で文字学習を必須としないのは、どうしてでしょうか。

やすみん
やすみん

学習者の負担を軽くするためです。

継続学習の計画がない学習者にとって文字学習は時間と労力の負担が大きいですし、コースの学習時間が短いので、その分の時間と労力は他の学習に費やした方が学習者の利にかなっていると思います。

ただ、文字そのものには興味を持つ学習者も多いので、必ず紹介はしています。また、文字学習に興味があっても二の足を踏む学習者もいるので、文字学習の利点も伝えて学習をサポートします。

 

のえ
のえ

文字学習の利点については、どのように学習者に伝えているんですか?

やすみん
やすみん

仮名の学習についてですが、仮名を読めるようになるとローマ字を読むより格段に日本語の発音がよくなると伝えています

 

 

ポイント3:媒介語を使ったっていい!

 

のえ
のえ

やすみんさんの「入門初級」授業では、媒介語を使っている、つまり、日本語で日本語を教える直説法ではなく、間接法で教えているということですね。

やすみん
やすみん

はい、そうです!

教室にいろいろな国の学習者がいる日本では直説法で教えることが多いですが、海外の教室では私は媒介語を用いることが多いです。

媒介語は主に英語です。

英語が通じない人がいる場合はその割合によって、現地語を使ったりすることもあります。

…現地語にスイッチもすることがいつもできるわけではないので、いや、できないことの方が多いので(笑)、クラスの学習者に通訳してもらうこともあります。

また、英語で授業を行いながら、プロジェクターで現地語訳を投影したりすることもあります。

私は直説法を否定しているのではありません

ただ、日本語に免疫がほとんどなく日本語を使う環境にない学習者に対し、かつ、20~30時間ほどの短期コースでは、日本語だけの直説法は効率が悪いと思います。

 

のえ
のえ

直説法では、労力対効果のバランスも悪そうです。

ただ、日本語以外話せない教師にとっては間接法の授業は難しいのではないでしょうか。

やすみん
やすみん

その通りです。その場合は、直説法で授業を行えばいいですね

直説法でも工夫すれば自分にとっても教えやすく、さらに学習者にとっても益するやり方が見つけられると思います。

 

 

ポイント4:発音練習はしっかりやろう

のえ
のえ

やすみんさんは「入門初級」授業での発音練習に力を入れているということですが。

やすみん
やすみん

はい、私は学習の初期段階で、日本語の発音練習をかなりしつこく行います

その理由は、私が携わった海外の入門初級の学習者は、日本語を口に発した経験がない人がほとんどで、日本語の開音節に非常に不慣れで、ローマ字を読むにしてもうまく日本語の母音が発音できないことが多かったからです。

単に母音が子音にくっつくんだと言っても、はじめは母音の「あいうえお」がどんな音か知りませんし、耳で聴き分けられたとしても自分の口で再生することが難しいのです。

のえ
のえ

たしかに、日本語の母音の「あいうえお」は世界共通の音というわけではないですよね。

のえ
のえ

はい、そうなんです!

特にローマ字で学習する場合には、既習言語の[a/i/u/e/o]の音に引っぱられてしまいがちで、日本語の「あいうえお」になかなかなりません。

母音がきちんと発音できていないのに子音とくっつく他の音が発音できるわけはなく、初めにしっかり意識付けと練習をしておかないといつまでたっても日本語の発音がうまくできません。

のえ
のえ

日本語の発音は、音便化して長音になったり、母音が無声化することもあったりします。

ローマ字表記で学習する場合に学習者にはどのように教えているんですか。

やすみん
やすみん

こちらから指摘するのは、無声化(語末に来る「す/su」)ですね。

ローマ字の表記にの提示の仕方にも工夫をしています!

無声化については、語末に来る「す/su」の母音が無声化することは学習者の方でもすぐに気が付くので、こちらから指摘しておきます。

語中の無声化については学習者から質問があれば答えます。

長音については質問がない限り敢えて何も言いません。

ちなみに長音について質問されたことは実はほとんどありません。

ローマ字の表記は、(一部の助詞を除いて)ひらがなと1対1で対応できるようにしており、長音記号は使っていません。

たとえば「せんせい(先生)」は「sensee/sensē」とせずに「sensei」、「おはよう」は「ohayoo/ohayoō」とせずに「ohayou」としています。

そうしないと文字学習をしたい学習者が混乱するし、キーボードでタイピングをする時に誤った文字が出てしまうからです。

…キーボードで「せんせえ」とタイプしてしまったら正しくないし漢字も正しく変換されないけれど、[sensee/sense]を[sensei]と発音しても間違いではないですからね。

 

ポイント5:助詞は丁寧に!

 

のえ
のえ

「助詞を丁寧に」…そのココロは?

やすみん
やすみん

はい、そのココロは、「助詞の学習は初動が肝心」

答えになっているかな?(笑)

私は、特に「入門初級」授業で助詞を正しく使うように意識付けをしています。

「入門初級」に限ることではないですが、日本語の助詞が難しい、助詞が苦手だと感じる学習者は多いです。

実際、上級になっても助詞を間違える人はたくさんいますよね。

それは、学習の初期段階から助詞の確認を疎かにしてきたからなのではないかと私は思っています。

 

のえ
のえ

なるほど!

「助詞がなくても、日本語は通じる」という意識があったりするのかもしれませんね。

やすみん
やすみん

助詞は大変重要な要素です。

初級学習でないがしろにすると間違い続けてしまいます。

実際の日本語のカジュアルな口頭会話では助詞が落ちる場合が多いので、そう思われてしまうのかもしれません。

でも、日本語ネイティブは助詞を使っていないようでも脳内で助詞を補って理解しあっているんだと思うんです。

意味が曖昧になりそうな時にはネイティブは助詞を落としません。

助詞は本来統語的に大変重要な要素であるのに初級学習でないがしろにすると、いつまでたっても間違い続け、おかしな文を作ってしまうことになりかねません。

私の「入門初級」クラスの学習者は日本人とコミュニケーションをする機会はないのかもしれないし、日本語学習も続けないのかもしれません。

それでも、日本語学習者である以上、正しく助詞を使う意識を持ってほしいと思っています。

 

 

まとめ

 

のえ
のえ

それでは、最後に一言お願いします!

やすみん
やすみん

では、「入門初級」を教えるにあたって念頭に置いていることを。

「入門初級」の学習者は、新しい言語世界の扉を開いたばかりの人たちです。私たち日本語教師は、その世界の既に住人であるわけですが、ということは、私たちの世界に足を踏み入れでくれた日本語学習者というお客様をお迎えするホストだと言ってもいいと思います。

「私たちの言語世界に興味を持ってくれてありがとう、来てくれてありがとう」、という気持ちを持って学習者を迎えることが大切だと私は思います。

そして、学習者が日本語という新しい世界を「知る」喜びに寄り添い、学習者のペースに歩調を合わせつつ、さらに素敵な風景が見える場所に誘っていければいいですね。

 

 

のえ
のえ

いかがでした?

私は、いわゆる「日本語教師プロパー」ですが、児童生徒に日本語や国語を教えてきたので、やすみんさんの「海外で『入門初級』を教える」お話は、興味深いものばかり。

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